今回紹介するのは、「大切な存在を失ったことで、自分を大切に思ってくれている存在に気が付けなかった」ある意味悲劇的な怪人です。

 

皆さんは買った物は長く使い続けていたい方ですか?

僕はできるだけ使い続けていたい方で、服なんかでもよっぽどボロボロにならない限りは部屋着として使い回します。

なので捨てる瞬間が来たときもゴミ箱に入れるまでに「もうちょっと何かに使えないかな…?」と躊躇してしまいます。

貧乏性なんですよね。

 

日本では古来より大切にしてきた物には魂が宿ると言われており、動き出したりはしないにしろ持ち主に対しては色々な感情を抱くと言い伝えられています。

持ち主がぞんざいに扱えば憎しみを覚え、大切に扱えば「物」自身も持ち主を大切に思ってくれる。

使われる物の側からしても、自分を手にしてくれた主人には家族同然に扱ってほしいって感情が生まれる場合もあるかもしれません。

我が国日本は幸いにも物に溢れた恵まれた国であるため、欲しいと思ったものはすぐに手に入れることができます。

反対に「必要なし」と思えば平気で捨ててしまう薄情さもあります。

「あっさりしている」といえば聞こえはいいですが、どれだけ物に価値を感じているかは疑問に感じる部分です。

 

今回の記事を読んで、『命を持たないはずの「物」だって、持ち主であるあなたのことをずっと見守ってる・大切に思っている』ということを感じていただくことはできるでしょうか?

 

平成仮面ライダーシリーズ第11作目、仮面ライダーWダブルより第25話『Pの遊戯/人形は手癖が悪い』第26話『Pの遊戯/亜樹子オン・ザ・ラン』に登場した、「パペティアー・ドーパント」を紹介します。

 

 

パペティアー・ドーパントとは?

仮面ライダーWに登場する怪人は総称して「ドーパント」と呼ばれています。

地球上に存在する様々な事象(生物・気象・鉱物・概念など)を宿したUSBメモリ型のアイテム「ガイアメモリ」を一般市民が使用することで変身する異形の存在で(仮面ライダー自身も同様のアイテムで変身します)、探偵である主人公がガイアメモリに関する事件を追い真犯人を突き止めるというのが物語の大まかな内容となっています。

ただの悪人だけでなく、ドーパントという怪物に変身しなければならなかったという悲劇性のある人物も多く登場し「勧善懲悪」とは言い切れないようなストーリーもあるため、平成仮面ライダーに詳しくない人に対しても入門編として「仮面ライダーW」はお勧めできる一作です。

 

そんなWに登場するドーパントの一体である「パペティアー・ドーパント」

© 2009年/東映/テレビ朝日

「パペティアー=操り人形師」の名の通り、両手から放つ糸で人形や人間、果ては仮面ライダーをも操ることができるが最大の特徴で、本体の戦闘力は決して高くはないですが、操る対象によっては途轍もない脅威となります。

劇中では当初、フランス人形「リコちゃん」を操り人々を襲っていました。

可愛らしい顔つきのリコちゃんは操られると表情が一変し恐ろしい形相となり、サバイバルナイフを手にして襲い掛かる、体の小ささを活かして物陰からの奇襲、仮面ライダーの武器を奪うなどトリッキーな戦法を使います。

※映画「チャイルドプレイ」の〇人人形「チャッキー」を彷彿とさせます。

主人公たちが勤務する私立探偵事務所に「リコ」と名乗る少女が現れ一連の事件が判明。

© 2009年/東映/テレビ朝日
依頼人リコ(中央)と人を襲うフランス人形リコちゃん(左右)

少女の存在や「人形の声を聞いて…」という訴えは何故かWのヒロインにしか見えないし聞こえません。

物語はヒロインが一人の少女の為に奮闘する様子が主軸となります。

 

 

事件の真相:父親の愛情が暴走した形だった

フランス人形の名前は「リコちゃん」、ヒロインの元にやってきた少女の名も「リコ」。

当初は「リコ」がドーパント化し「リコちゃん」になったものだと思われていました。

しかし真犯人=パペティアー・ドーパントの正体は彼女の父親でした。

小説家であった父は、娘を交通事故で亡くしていました。

絶望の中で彼は娘をモデルに、そしてその愛情を小説として表現します。

しかし世間の評論家たちからは「娘の死を金儲けに利用している」と酷評されます。

パペティアー・ドーパントが襲っていたのは、娘への愛情を否定した人たちだったのです。

娘の名は「里香子」、その里香子の残した形見のフランス人形の名は「リコちゃん」でした。

 

ヒロインの奮闘、そして仮面ライダーたちの手によってパペティアー・ドーパントは撃破されます。

妻も娘も亡くしたことを吐露する父でしたが、ヒロインから「まだ『リコちゃん』がいる」と諭されます。

劇中で「リコ」と名乗っていた少女は、フランス人形「リコちゃん」の付喪神的な存在であり、娘を思うがあまりその愛情が暴走した父をずっと止めようとしていたのです。

自身にはまだ大切な「娘」がいると気が付いた父は、ようやく狂気から解放され物語は終了しました。

 

 

考察とまとめ:大切なものはいつだって見守ってくれる

考察からいうと「他人を操っていた」彼も「憎しみに操られていた」ということです。

自身が怪人と化して人を襲っていた理由は「娘に対する愛情」。

自身の娘と言う大切な存在を否定されたため一連の犯行に及んだようですが、何も異形の存在になってまで悪事に手を染めることはなかったはずです。劇中では「娘を愛するが故の行動」という面が強調されていましたが、当の娘さん本人は父親の怪物となった姿を喜んでくれるのでしょうか?おまけに娘が大切にしていた人形まで道具としてつかう始末。

愛情と憎しみは正反対のように見えて実は紙一重。

娘への愛情は本物だったかもしれませんが、そんな愛情への侮辱によって憎しみが増幅され気が付けば憎しみを解消することが優先されていたのではないでしょうか?

愛情もありながら憎しみも原動力として動いたため、まさに「憎しみという糸によって存在に操り人形にされた」わけです。

 

そんな糸を断ち切ってくれたが、まさかの人形でした。

フランス人形は自身を大切にしてくれた娘=里香子のことが大好きだったはずです。

そんな里香子が自身同様に大好きだった存在である父親。

大好きな存在が憎しみによって醜い存在に変わり果てていく姿を見るのは辛かったでしょう。

同時に里香子自身もどこかで父親の姿を見ていたはずです。

大切にしてきた物には魂が宿る・フランス人形は付喪神的な存在と言いました。

里香子自身の魂とフランス人形の意思がどこかでリンクして父親の悪事を止めてくれたのだと思います。

父親は自分のことを孤独と言っていました。

ですが気が付かなかっただけで自分を大切に思ってくれる存在はまだいたのです。

 

実際世の中にも自身を孤独だという人は沢山います。

でもそういう人に限って意外と自分のことを思っている存在がいるはずです。

それが人だろうと動物だろうと物だろうと…。

自分には本当に何も残っていないのか、もう一度探してみるのもいいかもしれません。